【2022年最新】竹内択は病気を克服してない|家族との闘病生活が壮絶すぎる

【2022年最新】竹内択は病気を克服してない|家族との闘病生活が壮絶すぎる
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スキージャンプの竹内択(たけうち・たく)選手は、2014年ソチ五輪前に難病のチャーグ・ストラウス症候群を発症しています。

現在では、適切な治療を受け、症状を抑えられていますが、定期的にアレルギーを抑える注射や通院が欠かせないようです。

現在も闘病しつつ、選手として競技生活を続けていますが、その闘病生活がとても過酷なんです。

病気になりつつも、夢をあきらめない姿がとても胸を打ちます。

本記事では、

〇竹内選手の病気の発覚から
 現在までを時系列で
〇病気が発覚した経緯が壮絶
〇病気は完治しているのか
〇家族との過酷な闘病生活

〇竹内択選手の経歴・プロフィール

についてまとめてみました。

目次

2014年ソチ五輪大会前にチャーグ・ストラウス症候群を発症

竹内選手が、病気を発症したのが、2014年1月、ソチ大会(2月27日~23日開催)の直前でした

病名は、チャーグ・ストラウス症候群。

120万人に1人がかかるとされる病気で、難病指定されています

白血球の一部が異常に増え、血管を攻撃してしまうことで炎症を起こす病気です。

症状としては、

  • 全身の細い血管に炎症が生じる
  • 発熱
  • 体重減少
  • 手足のしびれ
  • 消化管出血
  • 関節痛

などです。

病気の原因は不明で、最悪の場合、臓器障害などで死に至るケースもあるようです。

2022年最新【時系列】竹内選手の病気が発覚した経緯

  • 2013年秋 喘息・桃アレルギーで喉のかゆみを感じる
  • 2013年12月29日~2014年1月6日 スキージャンプ週間中1週間ほど高熱が続く
  • 2014年1月 緊急帰国
  • 帰国後1週間、発熱や意識がもうろうとするといった症状が続く
  • 2014年1月 3週間入院
  • 2014年1月25-26 ワールドカップ札幌大会に出場
  • 2014年2月27日~ ソチ大会に出場
  • 現在もオリンピックを目指しながら、闘病生活と競技生活を続けている

2013秋から桃アレルギーと喘息

竹内選手が病気発覚前、最初に体調の異変に気付いたのは、2013年の秋ごろからだったようです

「桃を食べたら喉がかゆくなった」
「2013年秋ごろからすごい喘息」

(出典:2021年9月20日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」)
出典:https://tver.jp/
出典:https://tver.jp/

病院でアレルギー検査をしたところ、ダニの数値が高く、桃もダメなので控えるよう医者から言われたとのこと。

竹内選手も、喉がかゆい程度の症状だっとので、当時はそこまで気にしていなかったようです…

2013年12月~2014年1月 遠征中に容態急変

容態が急変し、病状が発覚するきっかけとなったのは、2013年12月29日~翌1月6日までに開催されたスキージャンプ週間の時でした

(スキージャンプ週間とは毎年年末年始に、ドイツとオーストリアで開催されるスキージャンプの大会です。)

竹内選手の難病発覚の経緯を時系列でまとめると、次の通りです。

  • 2013年12月29日~2014年1月6日スキージャンプ週間中1週間ほど高熱が続く
  • 解熱剤を服用にながら大会に出続けるが熱が下がらない
  • 一緒に大会に出場していた葛西選手やコーチに促され緊急帰国&緊急入院
  • 帰国後も1週間、発熱や意識がもうろうとするといった症状が続く

高熱が続いた2014年1月のスキージャンプ週間では、当時彼女で現在妻の新菜さんに、

熱がひどくて眠れない、冷たくて硬い床でないと眠れないので風呂場で寝ている

と話していたようです。

出典:https://tver.jp/

病状がかなり深刻だったことがわかりますよね…

また、一緒に遠征していた葛西選手も

「解熱剤を飲んでいるのに、熱が下がらないのはおかしい」とインタビューで答えていました。

出典:https://tver.jp/

2014年1月 緊急帰国しチャーグ・ストラウス症候群が発覚

出典:https://tver.jp/

最初はただの風邪だと思っていたようですが、

解熱剤を1週間しても熱が下がらないのはおかしいということで、葛西選手やコーチのアドバイスもあり、2014年1月、大会から緊急帰国

その足で病院へ向かい緊急入院しました。

帰国後も1週間ほど

〇発熱、
〇意識がもうろうとする、
〇腕が上がりにくい

などの症状があり、 チャーグ・ストラウス症候群という病気であることが発覚したようです

そのときの様子について、竹内選手は次のように話しています。

帰国する時も40度くらいの熱があったのでどうやって移動したかもあまり覚えてない感じで

それで病名も聞かされたけど、熱が下がって意識がハッキリすれば体自体は動いているから、とりあえずオリンピック期間中だけでも良くなってくれないかな、という感じでした。

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/e85e001af600b8a2a7fec58f14227a188c2f7501?page=1

意識がないレベルの発熱なんて、よっぽどですよね…

また、チャーグ・ストラウス症候群という病気が発覚した2014年時点では、当時の医師から生死の確立も告げられていたようです

2014年1月 発症後すぐにワールドカップ札幌大会に出場

2014年1月に病気を発症後、竹内選手は3週間入院生活をしていました。

その時点では、メディアでは「難病ではなく肺炎にかかったため入院している」とされていました。

病気を発症した竹内選手ですが、翌月2014年2月にはソチ五輪を控えており、本人もなんとか大会までには回復したいと願っていました。

入院中の竹内選手 出典: https://tver.jp/

ジャンプの感覚を忘れないため、1月25~26日開催のワールドカップ札幌大会2014には、外出許可をもらって(医師にむりをお願いして3週間で退院し)出場していました。

病室で体力維持のために助走姿勢を組むなどしてトレーニングを実施しながら、体調を整えていたそうです

ですが、治療中ということで筋力の低下を実感。

結果も、1日目(ラージヒル)21位、2日目(ラージヒル)14位位に終わりました

※参考:同大会に出場したスキージャンプのレジェンドこと、葛西選手の結果は1日目3位、2日目6位でした。

2014年FISワールドカップスキージャンプ札幌大会一日目 出典:https://www.age.ne.jp/x/sas/wcjp_25jan2014results.pdf
2014年FISワールドカップスキージャンプ札幌大会2日目 出典:https://www.age.ne.jp/x/sas/wcjp_26jan2014results.pdf

また、治療の副作用として、

〇顔に吹き出物がでる
〇嗅覚障害

などの症状も出ていたようです。

2014年2月 難病のまま出場したソチ大会では団体銅メダル

2014年ソチ大会 出典:https://the-ans.jp/news/98342/

病気発症後に臨んだソチ五輪では、

  • 個人戦ノーマルヒル24位
  • ラージヒル13位
  • ラージヒル団体銅メダル

という成績でした。

発病からわずか1か月ちょっとで、しかも治療の副作用もあるなか、オリンピックで結果をのこしています。

妻・新菜さんは、その時の竹内選手についてこのように話しています

ジャンプのことを寝言で言ってたり…
本人の気迫がすごく「行かないで」と言えない状況だった

(出典:2021年9月20日放送「人生が変わる1分間の深イイ話」)

竹内選手も、生と死を感じ、「やりたいことをやらなければ」という思いでソチオリンピックに向けてトレーニングを続けたようです

しかも…

竹内選手が難病を公表したのは、ソチ大会競技後

2014年ソチ五輪 出典:http://www.asahi.com/olympics/sochi2014/gallery/jump_dantai/jump086.html

竹内選手が難病であることを公表したのは、ソチ大会の競技後でした。

その理由について、競技後の会見で次のように話しています。

「結果を残してから公表しようと思っていた」

「同じような病気と戦っている人に勇気を与えられたらうれしい」

出典:https://www.sponichi.co.jp/olympic/news/2014/02/18/kiji/K20140218007613941.html・NHKニュース「ジャンプ竹内 重い病気明かす」2014/2/18

また、もし結果を残せなかったら、難病のことは公表しないつもりだったようです

竹内選手の病気は完治していない

出典:https://tver.jp/

竹内選手のチャーグ・ストラウス症候群はいまだ完治しておらず、現在も1~2か月に1回病院に通って治療を続けているようです

今後も治療は続き、

また、竹内選手の場合は、常にアレルギーを抑える注射を打つ必要があるようです

難病なので、今現在は根本的な治療法がないとのことです。

ただ、以前は薬がなく、命が助からない病気だったようですが、現在は医学の進歩により、定期的な通院をすれば運動を続けられるようです。

2021年時点では、約90%の確立で6カ月以内に症状が回復するようです。(出典:「人生が変わる1分間の深イイ話」)

2022年最新:竹内選手の闘病生活について

出典:https://tver.jp/

竹内選手は、現在家族5人で長野県に住んでおり、ご家族の協力のもと、競技生活と闘病生活を続けています。

現在の闘病生活についてまとめると、

  • 完治していない
  • 2か月に1回通院している
  • 投薬の副作用は出ていない
  • 毎日アレルギーを抑える注射を打っている
  • 毎日ウェイトトレーニングで筋力維持している
  • 冬のシーズン中は40試合出場
  • 夏のオフシーズンの週2回ジャンプ練習している

のようです。

治療を続けながら、競技生活も続けられています。

2021年4月のインタビューで竹内選手が自身の闘病生活について次のように語っています。

実際、定期的に病院に行っていれば運動もできるという意味では安心感はありました。

薬も最初はステロイド系で副作用もあったけど、その後は副作用が出ない薬も出てきて2カ月に1度行けば好酸球の数値も抑えられています。

出典:https://news.yahoo.co.jp/articles/e85e001af600b8a2a7fec58f14227a188c2f7501?page=1

竹内選手は北京五輪に向けてトレーニング中

出典:https://tver.jp/

2021年は、北京五輪2022年に向けて、トレーニングを続けていると話していましたが、北京がダメならその次を狙うとも話していました

竹内選手の強い気持ちもすごいですし、それを支える新菜さんもとても素敵です。

今後の活躍にも目が離せませんね!

竹内択選手・プロフィール

出典:http://t0.gstatic.com/licensed-image?q=tbn:ANd9GcThvbTTDCdHNL_Sz5E2ZaV8bijregt0Yji63NfrSEXXOgzwZs_Nip5pChdRrlOV
  • 名前:竹内択(たけうち・たく)
  • 生年月日:1987年5月20日
  • 出身:長野県飯山市
  • 10歳の冬に長野五輪での日の丸飛行隊の活躍に魅了されスキージャンプを始める

竹内択選手・経歴

  • 飯山第一中学卒業後フィンランドに留学
  • 2006年
    帰国後、北野建設に所属
  • 2010年
    初のオリンピック出場 バンクーバー大会 団体5位
  • 2014年
    ソチ大会で団体銅メダル
  • 2018年
    平昌大会で団体6位
  • 2013・2015・2017年
    世界選手権混合団体 金メダル
  • 個人でのワールドカップ表彰台は4度
  • 2019年
    退社しteam takuを結成。
    プロスキージャンパーとして自身の力でスポンサーを集める等して選手生活を送っている

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